東海地震説について

東海地震説提唱から30年経ち、唱えた石橋克彦神戸大理学部教授(当時東大理学部助手)が当時の解釈が結果的に間違っていたとする考えを明らかにしました。

日本列島が乗っている陸側のプレートの下にフィリピン海プレートが潜み込む東海地域から南海道にかけてはこれまで、100〜150年周期でほぼ同じ規模の地震が繰り返し起こってきたことが分っています。

1854年の安政の地震(M8.4)後、東海地方より西側では、1944年の東南海地震と2年後の1946年の南海地震が発生した。しかし駿河湾から御前崎沖の東海地震は安政の地震以来大きな地震が起きていないことから、石橋教授はこの地震活動の空白域を東南海地震の「割れ残り」と考え、東海地震の可能性を仮説として提唱しました。

しかし東海地震説提唱から30年経った今、既に安政の地震から150年が経過しており、地震学者の間では次の東南海、南海地震の周期に入ろうとしているという声も聞かれるようになったようである。

結果的には東海地震は起こらず仮説は間違っていたかもしれないが、石橋教授による発表そのものは間違っていなかったと、私は思っている。科学は仮説と実証の繰り返しにより進歩していくものと信じているからです。

東海地方には地震説提唱以来、優れた観測機器による観測網が張り巡らされています。それでもまだ地震予知ができないのが現状です。次の周期に入っているとすると今度は40年〜90年後ということになります。それまでには今の観測網の手を緩めることなく、地震予知ができるかたちにもっていってほしいものです。また世間を騒がせた耐震問題も含めて問題を先送りせず、解決しておいていただきたいと思います。



開発後の設計書作成

今、クライアント様にお納めするドキュメント(設計書)を作成しているが、既にシステムの開発は終了している。というのはシステム開発の納期がタイトだったので先にシステム開発を行い、その後で設計書を作成してお納めすることになったためだ。

開発前の設計書の作成はそれなりに楽しいものであるが、開発後のシステムに合わせて設計書を作成するのは全くといってつまらない。仕事だから頑張っているが、やはりクリエイティブさに欠ける。



社長ブログ

若手社長のIT企業では社長のブログが人気を呈しているとか。私も遅ればせながら、また時間が許せばブログを書いていこうと思う。弊社の企業イメージが多くの方に伝われば幸いです。icon_redface

弊社は静岡県掛川市でWebシステムの開発を行っていますが、ほとんどの開発依頼は首都圏や大阪周辺からです。掛川市内で営業をしてみましたが、反応は今ひとつで、ITに関する意識レベルがまだまだ低いように感じます。需要という点で、首都圏と比べ単なる企業の数、人間の数の違いなのかと考えたこともありますがそうでもなさそうです。競争がなく現状維持でよいと感じているのかもしれません。また地方は保守的だから新しいことの導入が遅いのかもしれませんが、今は待つしかないようです。

いつかは地方にもITに関する関心が高まり、仕事の依頼が来るだろうと期待していますが、もう少し積極的に活動する必要性も感じています。そしてその波が地方に来た時に、弊社は少なくとも掛川市でトップのWebシステムの開発企業となっていることが重要だと思っています。 icon_redface



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